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| 2006/12/26 |
| 2006東濃優良材産地見学会 |
先々月10月6〜7日に当社の柱材として使用している東濃ヒノキの里、岐阜県恵那市と言う所へ行ってきました。見学項目は主に次の5つです。
「木曽ヒノキ備林」とは、戦前は「出の小路神宮備林」(いでのこうじじんぐうびりん)と呼ばれ20年に一度行われる伊勢神宮の※式年遷宮(しきねんせんぐう)に必要な材を確保する為に取り扱われてきました。
戦後は御料林(ごりょうりん)(天皇の山)から国有林となり、国民の森林として「木曽ヒノキ備林」と改称し貴重な建造物への用材供給や学術研究を目的として維持、管理されています。また、量は減少していますが現在も遷宮用の木材の供給が行われています。
・今の林はどうやって出来たのか?
木曽ヒノキ備林へ行けなかった代わりに東濃森林管理署にてヒノキ備林の説明を管理署長の方から受けました。
また、「留山制度」について「ひのき一本、首一丁」と言われる程に厳しいものだったということを伺いました。 管理署で話を聞いたあとは恵那市加子母村(かしもむら)という所へ行き、「ふれあいのやかたかしも」という地元の交流施設を見学させてもらいました。
ホールの片隅に下の写真のような木材が飾られており、「これは何ですか?」と尋ねてみたところ「土居」(どい)と呼ばれるものらしく、上辺4寸、下辺9寸、両側辺9寸の台形をして当時、米俵の代わりとして年貢をこの木材で納めていたそうです。
それほどこの地域の木材が豊富だったとともに品質が優れていたという事なんだと思います。ちなみにこんな形にして納めた土居の用途は主に屋根材として加工されたそうです。
・地元の製材所へも行ってきました
バスが着くと所長さんが出迎えて下さって、工場にところ狭しと山積みされた木材の説明をしていただきました。
この製材所で製材された木材の特徴は非常に目の細かい年輪幅にあり、天然に育った木を多く製材しているそうです。そうして製材された木材は主に和室の化粧材や集成材の表面に薄く張られるものに使用されます。この地域の製材所では一番と言ってもいい程に上質な材を扱っています。そんな所長が木を見る時に注意深く見る所は木の年輪だそうです。年輪を見ることによってその材が人工的に植えられ、育てられたのか、または自然に育ったのか区別が出来るそうです。
余談ですがこの見学会から帰ってきて当社の社長に「嶋田屋さんを見学してきました」と話したところ、「あそこの材はいいものが揃っているんだよなぁ」と感心していました。私自身も上質な材木を見ることでかなりの勉強になりました。
・プレカット工場見学
しかし、プレカット工場といっても全てを機械で加工している訳ではなく、難しい加工はベテランの大工さんたちが数名、さしがねと墨壷をもって墨付けをし、手作業で行っていました。大工さんの自在の手は機械に勝る事を実感しました。 一日目の見学はこれで終了です。
・恵那小径木加工協同組合見学
写真では分かりませんがかなりあるというのが第一印象でしたが組合の方や木keypointの理事長の金子さんによると例年の5分の1程度だそうです。いつもならこの敷地いっぱいに丸太が積まれているのだとか。ここは間伐によって伐られた木を有効利用するために加工する工場だそうです。
確かに、一番太くても3寸5分角くらいのものしか無かったように思います。
・木keypoint見学
そして、この日は月に2度開かれる市の日でもあり材木の競りも行われました。
10:00から開始され16:00に終了です。端から競りが行われていきました。見ていると、こんなに良さそうな材木がこんな値段で落札されるのか、というようなものも多々ありました。今回は見学だけで終わってしまいましたが、今度は競りに参加し、いい材木を仕入れようと思います。
戦後、日本中で植林されたスギやヒノキ、使うときは今なのに使われずに手入れもされずに放置されつつあります。スギに至っては成長した木が花粉を撒き散らし社会問題にまでなっています。日本には木材としてのヒノキやスギが充分過ぎるほどにあると聞きました。そういった日本の木を日本人が使わなければ、日本の文化にまで影響が及んできてしまうような気がします。当社もお客様と協力しながら国産材の普及を目指せればと思います。
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